サバニは、琉球列島の漁業従事者に古くから使われていた漁船の名称である。推進方法はエークと呼ばれる櫂、四角帆、エンジンの3種類であるが、近年はエンジン推進が主流である。独特な形状をもつエークは漕ぐだけでなく帆走時には舵としても使われる。戦後のエンジンの普及で、伝統的なサバニの帆漕技術は急激に失われつつある。

歴史

従来、サバニは漁で使われるだけでなく、日常の荷物運搬等に欠かせない生活の足でもあった。 近年では日露戦争時に敵バルチック艦隊の船影を認めた5人の漁師が、宮古島から通信設備を備えた石垣島までをサバニで漕破し、その存在を伝えたとされる久松五勇士の活躍が有名である。

造船技術

サバニの船形や造船技術に関する考察は白石勝彦の『沖縄の舟サバニ』(1985年、白石勝彦住空間設計室刊)に詳しい。サバニがハギ舟となったのは明治以降のことであるが、他の多くの和船と同くサバニもまたハギ舟となった後も刳り船の性格を残している。その細長い船体形状は船速の向上を実現しながらも横揺れに強い性質を併せ持たせている。一方で非常に安定性を欠く船でもあり、簡単に転覆する。
また荒天の際に船を半沈させて嵐をやり過ごし、その後再び船を起こして内部の水を掻き出すといった使用法を考慮した構造を持つ。船底は礁湖内の航行も考慮した平坦な形状である。エークには、海水の比重に適合し且つ適度な強度を併せ持つモッコクが使われる。
沖縄島に近接する慶良間列島ではかつて双胴船が存在したと言う記録があるが、一般的には単胴船であり、かつアウトリガーを持たない。ただ、臨時に複数のサバニをつなぎ合わせて重量物を輸送するといった使い方は珍しく無かったとされている(出口晶子『丸木舟』)。
帆桟(フーザン)と呼ばれる帆の形状を調節するバテンをもつ。マストの位置も微調整が効く構造となっている。
木造サバニの場合、船体の耐食性を高める為にサメの肝油を船体に塗ることもあったとされる。また帆を豚の血液で染めて風を受け止める能力を上げていたとも言われる。

現代のサバニ

現代のサバニはFRPの船体にエンジン装備という仕様が主流である。木造サバニや帆走サバニは殆ど残っていない。
一方、サバニの帆漕技術を継承する目的で、2000年の九州・沖縄サミットを記念して開催された「サバニ帆漕レース」は、その後も毎年梅雨明けの6月末から7月初めの日曜日に座間味島から那覇の間で行なわれており、県内外から年々その参加者を増やしている。